奄美ホライゾン日記blog


奄美大島の自然文化、人々情報
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古琉球の歴史を楽しむ!

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この本「琉球戦国列伝」(ボーダーインク)は、古琉球の伝説の英雄たち総勢61名を、まるで漫画やアニメを見るように楽しみながら読める本で、とっても役にたつ琉球史の本であります。上里隆史さん著&監修のもと、和々さんという歴女のイラストレーターが書いているのですが、へ〜!と思うことばかり!
 私には、難しすぎる琉球の歴史ですが、奄美の「那覇ぬ世」を知るにも、とーってもいいのではないかと思います。奄美でも、いつかできればいいな〜と思います。古琉球と奄美や喜界島のことなども、ちょっとだけですが、書かれています。
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by amami-horizon | 2013-01-31 18:20 | 文化

蘇鉄の碑in与路島

e0041337_13572659.jpg与路島に蘇鉄の碑が建立されているのは、知りませんでした。蘇鉄は奄美・沖縄ではおなじみですが、2億年ほど前から生息しているのは東南アジア一帯で、「生きた化石」ともいわれている植物です。
 碑に書かれている文を読むと、特に与路島は蘇鉄の島と呼ばれ、カケロマや徳之島北部へは、この与路島から移植されたという口承が残されているとか。
 琉球支配の時代から救荒植物として植栽され、藩政時代、昭和初期まで植栽が続いていたようです。蘇鉄地獄という言葉もあるほど毒性が強いので、水でちゃんとさらして食べられるようにしないといけませんが、特に各時代の飢饉のとき、また戦時中や戦後も米軍政府下においても、島々の生活を支えたのでした。さまざまな自然災害にも無敵に強い蘇鉄があったからこそ、奄美の人々が助けられたのでしょう。どこかで読んだことがありましたが、蘇鉄がなかった東北地方では、飢饉時には多くの餓死者が出たということでした。
 こうした碑は、私がうかつだからか、他に建立されているのを、知らないのですが、ありましたっけ?
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by amami-horizon | 2013-01-30 13:58 | 文化

喜界島のミシュランシェフ

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喜界島出身の吉野建さんの自伝。銀座の吉野さんのお店に行った時に、購入。東京の母や、近所の喜界島出身の人に貸していたので、なかなか読めませんでしたが、ようやく読み終えました。すごいとしかいいようのないものでした。この本は、ミシュラン一つ星をまだとれていないまでの悪戦苦闘の人生が描かれていますが、現在では一つ星のほか、フランス国から何か賞を取ったはずです。日本でもいくつもの店を出し、パリのステラマリスの店と日本を毎月半分ずつ行ったり来たりしているとか。ものすごいパワフルな方であります!一度、奄美空港で息子さんといっしょに、お会いすることができました。最近でも、お墓まいりによく喜界島へ来られるのだそうです。
 ところで、彼は喜界島のヤギ刺しが好きといっていました!。半冷凍すれば匂いは消えて、ホントにグッドであります!!私も大好き。これは奄美では喜界島でしか食べられないと思うのですが、いかがでしょう。しかし、ムッシュ、タテルヨシノは、醤油ではなくカルパッチョにして食べると言っていましたけど、そりゃそうですよね〜。フレンチのシェフですものね〜。
 で、沖縄の機内誌を見ていたら、東京の芝パークホテルにある「レストラン タテルヨシノ芝」では、沖縄の多良間島のヤギ肉を使っているとのこと。多良間のヤギは、臭いがなくて美味しいのだとか。多良間では、ヤギのことを「ピンタ」というそうです。島に自生するハーブなんかも食べさせて、清潔な山羊舎で育てているらしく、レトルトや加工食品まで開発とのことで、立派な産業になっているというのだから、素晴らしい〜。(2009年の記事だから、今はどうなっているのかわからないですけど)。奄美でも条件的にはそれほどかわらないのですけど、ね〜。
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by amami-horizon | 2013-01-28 12:15 | 文化

奄美カトリック排撃運動

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今日は奄美郷土研究会例会でした。テーマは、「奄美カトリック排撃運動の歴史的背景を学ぶ」。奄美大島は、人口比率としては長崎と同程度の信者がいて、教会も数多くあります。奄美にカトリックが入って来たのは、明治24年。島の有力者らの招き(誰?)に応じて、パリ外国宣教会のフェリエ神父が来島されてからです。彼らの献身的布教により、大正7年には、名瀬を中心に約5,000人もの信者を得たのこと。

 ところが、この時期、ワシントン軍縮会議が開催されたにもかかわらず、奄美南部では軍の要塞を建設していました。軍部としては、こうしたことを外国人宣教師に知られるのもまずいし、皇国思想を徹底させていくなかにおいても、カトリックの存在は許されないものだったのでしょう。当時の地元新聞主催で、カトリック排撃の町民大会まで開催していたといいます。

 特に、昭和7〜8年には、弾圧脅迫が激しくなり、地域や学校でも、信者は子どもたちも含め、地域住民たちにも暴力を振るわれ、宣教師たちは、島外追放されました。こうしたことは、戦争下で全国的にあったのかと思っていましたが、最初に奄美大島で起きた排撃運動だったということに、驚きました。昭和11年、奄美カトリック教会は鹿児島県に寄付を余儀なくされ、戦時下では防空演習として信者宅に放水を繰り返したとあります。
  例会では、切々と当時の迫害を語る人々がいて、いつもとは異様な雰囲気でした。でも、こうしたことは、今、密やかに信者内で仕舞い込むのではなく、歴史的事実として、多くの人に語るべきだと大津会長はいっていましたが、まさにその通り。しかし、事実を事実として冷静に語り、残していかなければなりません。戦争がそうさせたのだとわかっていても。
  程度は全然違いますけど、私は信者ではありませんが、カトリックの幼稚園、プロテスタント系大学出だからなのでしょうが、奄美にきて間も無く邪教徒といわれ、かなりいろいろひどいことをいわれました。宗教は怖いですね。人を魔物に変える…。自分の信じるものだけが神であり、他は排他していく思想ですからね〜

  ところで、このフェリエ神父は、なんと、昆虫や植物研究者としても知られていて、フェリエベニボシカミキリを発見した人だそうです。だから、フェリエの名前がついているのですね〜。これにはびっくり。また、奄美では神父ゼリと呼ばれる草がありますが、これはクレソンのこと。奄美に宣教しに来ていた神父さんたちが故郷を懐かしみ、植えて食していたそうです。川沿いなど水に綺麗なところに今でも咲いています。いやあ、今日もいろいろ勉強になりました!
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by amami-horizon | 2013-01-27 19:11 | 文化

ネフスキーと宮古島

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朝のNHKドラマは主人公が宮古島ですが、私が大好きなCoralwayというJTAの機内誌(2013年1〜2月号)で、「ネフスキーと宮古島」という特集を組んでいます。足立倫行氏が文章を担当。これが実に面白かったです。
 宮古島は一度行ったことがありますが、人頭税という恐ろしい税が課せられたという島は、今ではトライアスロンで有名ですけど、ここは沖縄本島からずっとずっと遠い島であります。狩俣という地域には、平家伝承も今でも残っていると聞いています。
 この島に、今から90年前に宮古島にロシア人のネフスキーという青年がやってきて、開口一番、流暢な宮古方言で挨拶し、集まった島民たちを驚かせたそうです。彼は、実は語学の天才で、ペテルブルグ大学で中国語と日本語をマスター、日本にやってきて金田一京介に師事し、アイヌ語を覚え、中国タングート族の言葉を独習しながら、東京で知り合った宮古島出身者から、宮古方言を特訓したというのです。
 2年間の官費留学生だったのですが、ロシア革命が勃発して帰国できなくなり、大阪外国語学校などのロシア語教師となり、日本人女性と結婚。14年後の昭和4年に本国へ帰国。レニングラード大学教授となるも、スターリンの大粛清に日本のスパイ容疑をかけられ、妻共々逮捕され、銃殺。45歳という若さのまことに悲劇的な人生でしたが、昭和32年に名誉回復され、37年にレーニン賞を受賞。
 ところで、宮古島でネフスキーが調査したことが、奄美民俗と似ているので、気になりました。語学の天才だった彼は「宮古方言ノート」を遺稿として残し、それぞれ国際音声表記と和・露語訳が付されているそうです。でもネフスキーは方言採集が目的ではなく、辺境の宮古島の言葉を分析して、日本民族の源流にある根本的価値に迫ろうとしました。(後に「月と不死」(未完)を発表。)それによると、彼は月(太陰の力=死の力)のモチーフに惹かれ、人間の死に蛇や蟹などの脱皮による「不死」を対置させた話は太平洋民族に特に多いと示唆、奄美でも残る若水行事ですが、宮古島に伝承が残っていることも実証したようです。若水伝承は日本各地にも残るそうですが、このような辺境の地にも残っていることを明らかにしたのですね。
 平家伝承が残る狩俣でネフスキーが採録した有名な恋歌にこんな歌詞がありました。訳詩でみると「池間崎を廻るとき、扇を取って招き送ろう、小雨が降り出したら、小風が降り出したら、それを雨と思わないで、それを風と思わないで、わが身の涙と思って下さい。目蛾(女性の名)の大息(ためいきの意味)と思って下さい」というもの。
 いとしい夫が沖縄本島へ所用でいくときに、その無事を祈る歌だというのですが、ここで、奄美の「雨ぐるみ節」と似ているなあと感激したのであります。瀬戸内町の管鈍に雨雲がかかってきたが、それは雨雲ではない、私の涙だと歌う島唄で、和美姉さんの十八番でも知られていますよね。奄美と宮古島、まだまだ共通点があるような気がします!
 ああ、旅がしたいなあ〜!
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by amami-horizon | 2013-01-27 12:51 | 情熱人コーナー

奄美の復帰運動

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今日は、奄美の復帰運動を語る会に参加してきました。今回は、教職の編。戦後、アメリカ軍政府下にあった奄美では、食糧もままならない状況のなか、学校教育も悲惨な状況でした。空襲などで校舎は消失、かやぶきのにわか仕立ての校舎や、高倉の下などで間借り。また、教科書もなく、学力低下は否めないところでした。また、教師の平均給与は、当時の沖縄の教員の最低給与の半分程度しかなく、とてもたべていけるものではなかったとか。
 昭和26年、奄美大島復帰協議会が結成され、教職員の給与を人間並みにし、学校施設もよくするためには、日本復帰しかないということで、奄美群島の日本復帰運動は、教職員たちが先頭にたって、展開しはじめたようです。沖縄でのチラシに、「日本復帰したら、奄美のように芋と裸足の生活になる」というようなことが書いてあったと聞き、驚きました。そんななかでも、頑張って来た当時の教職員には頭が下がります。密航して、教科書を持ち運んだ先生たちもいたのですから。明日は、郷土研究会例会で、カトリック迫害の歴史を聴講してきます。
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by amami-horizon | 2013-01-26 17:57 | 情熱人コーナー

愛する源氏物語

昨日は、夜ごと少しずつ読んでいた「愛する源氏物語」(第32回現代歌人協会賞受賞)も読み終えました。1月は本を読みたくて仕方ありません。暇なんですね〜。
 源氏物語を全部読んだことは無いのですが、これはこの中にでてくる歌を読み解くということで、かなり面白く読むことができました。万智さんは古文の教師をやっていた方で、歌人、さらにシングルマザーという状況から、彼女の恋愛観なども反映されています。解説で、東直子さんもいっていますが、これは光源氏などの男性陣を語りつつ、それらにいろいろ振り回される女性の心を、歌を通じて語っているのが面白い。当時は、顔をみる前に、歌(短歌)を通してからしか、おつきあいが出来なかったわけで、歌が巧い人が、まずは一番尊敬されるのですね〜。それに歌を送るにも、紙の質も問題。草花なども添えたようです。それもとにかく素早さが命。
 この表紙の絵もステキなので、アップいたします。中島潔さんという方の作品とのこと。
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by amami-horizon | 2013-01-26 11:22 | ひとりごと

富士山うたごよみ

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これ、短歌絵本という感じ。俵万智さんはもちろん知っていましたが、このイラストがとにかく素晴らしい。U.G.サトーという方の作品。ユーモアあふれる発想力とその鮮やかさに驚かされます。
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by amami-horizon | 2013-01-25 14:17 | 情熱人コーナー

南日本歌壇 1/24

南日本新聞歌壇にて、二席(小島ゆかり選)になりました!〜(1月24日付け)。豚骨野菜は、大好き。モリモリ食べてしまいます。今年は、結構美味にできました。和美姉さんのおかげであります!

●島アザミつわぶき筍フダンソウ鍋の中にて塩豚と会ふ

(評)奄美の年越し料理、豚骨野菜(ウァンフィネヤッセ)の歌という。島の野草と塩豚が、鍋のなかで出会う。素朴でワイルド、そしておいしそう。
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by amami-horizon | 2013-01-24 11:42 | ひとりごと

ネイティブ奄美

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またまたご案内です!さて、大阪北区にある「ueda AKASO」において、島唄のほか様々な音楽と、講演のイベント「ネイティブ奄美」が開催されます。唄者には、武下和平、里朋樹、里歩寿さんのほか、榊義弘さん、シーガン山下さん、奄美アコースティックユニットさんがた。このうち、榊さんは何を隠そう、実はうちの事務所の下でお仕事されているのですよね!先日、このパンフを持って見えたのですが、大阪であるイベントだったので残念ながら行けませんと申し上げたのでありました。いえ、でもね、こうして情報発信することもお手伝いになりますものねー、早く気がつけばよかったです。
 それに里歩寿さん、朋樹君兄弟は彼らが小学生の時代から知っているので、本当はいきたいくらいなのですが、仕方在りません。で、お近くの方は、是非どうぞ。17時開場、18時開演。近畿大学文芸学部教授の清 眞人さん(奄美出身)の特別後援、関西小宿八月踊り保存会の輪踊りも披露されるようです。それにしても、きれいなポスターですね〜。
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by amami-horizon | 2013-01-23 15:20 | 文化

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