奄美ホライゾン日記blog


奄美大島の自然文化、人々情報
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最悪の日!

今日は最悪の日でした。娘を迎えに空港へ走ったのは、よかったのですが、太ウジの実家へ挨拶によった帰り、ふとみると携帯にメールが入っているのに気がつきました。開けてみると、なんと、「鍋付けっぱなしで火事になるところだった」とあります!!!
 そうか!!鶏飯つくってあげようと、昨夕、買い込んだ一羽分を急いで火にかけて、家を出る時に、止めたはずなのですが、そうか!急いでいたので、火力を上げようと、二重円で火を付けたのでした。外側の火だけを消して、内側の火が鍋で見えなかったので、内側の火は消し忘れたのです!!おお、
考えただけでも恐ろしい!今日は、なんとか太くんに見つけてもらったからよかったけど、反省してます。鍋は●焦げまではいかず、まだまだ使えますが、今日はちょっと刺激が強すぎるので、作り直しは明日にします。おお、恐ろしい!!反省してます!!
 皆様、くれぐれも台所から離れる時には、鍋の火は消しましょう!!。
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by amami-horizon | 2009-12-28 22:42 | ひとりごと

帰省ラッシュ

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奄美空港は都会からの帰省ラッシュで賑やかです。我が家の子供たちも一人ずつ帰省してきます。来年の正月は仲良くむかえられそうです。
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by amami-horizon | 2009-12-28 11:33

大掃除はまだまだ

師走も残す所、5日と迫りましたが、毎日綱渡りのような私たちには、大掃除はまだまだ。年末までには、あと1つか2つ仕事を片付けておかねばなりません。仕事場じゃ29日が大掃除。我が家では、きっと30と31日のぎりぎりやっていることでしょう。それでも、今年は営業写真館は停止しておりますから、気楽なもんです。ひところは正月は稼ぎ時で、朝も3時からスタジオを開けておりました。子供たちにも寂しい思いをさせたことでしょう。
 昨日、久々、お習字を習いに行ってまいりましたが、親がしっかり家を守っておる所では、子どももしっかり落ち着いているという事にあらためて気がつきました。傍にいてやれず、夕食も8時や9時だったりしていた私には、今ごろながら、子どもたちにすまなかったなあと思う次第です。夏休みも、夕方、近くの大浜海浜公園に連れて行ってあげることぐらい。いつも気が張っていましたから、ガミガミいっていたことでしょう。そんな親に育てられた息子は、来年、ようやく成人を迎えます。なんだかまぶしい感じ。娘たちの成人のときは、着物などの用意でバタバタしておりましたが、その辺、息子となると気楽なもの。年末には子どもたちが全員そろって、正月を迎えることができますが、いつまでこうして子どもたちが、揃ってくれるかなあと思うと、またまた頑張らなくてはと思う今日この頃です。いやあ、じゃじゃ馬の私がよくぞここまで母親になれました!という感じですね。感慨深いものがあります。ただ、三つ子の魂百までという言葉もある通り、基本的には変わらないものも、もちろんあるのですけど、ね。年齢を重ねると、いろいろ変化があります。
 さあて、仕事を片付けてから、また書き込みます。
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by amami-horizon | 2009-12-27 10:18 | ひとりごと

びっくり!!の今日の朝

老後の楽しみ?と考えて始めた短歌。昨年の夏から、南日本新聞へ投稿を始め、少しずつ掲載されたので、調子にのって続けているのですが、ホライゾンの追い込み時期となると、ココロのゆとりでなく、ま、こんなもんでいいかあなんて、安易に出しているところもあるのですが、高野先生にだけはなんだか、良い感触を頂いているので、なんとか続けておりました。
 朝、携帯の充電中に受信いたしましたら、A印刷所のSさんから「おめでとうございます!」の文字。正月はちょっと早いのに、なんだろうと思って読み進めて行くと、な、な、なんと!南日本新聞新春短歌に一席で入選しているというのです。まさかあ!と南日本新聞を見ましたが、探しきれないので、FAXで送ってもらおうとしましたが、よくよく見ると、や、や!私の名前があるう!信じられません。一席は南日歌壇ではとったことがない。さて、2つ送ったけど、どっちの歌なのだろう、一席になるほどの出来ではないはず!などと嬉しいような恥ずかしいような困惑した気持ちです。奄美出身の郷土作家からもお祝いの電話。ということで、元旦に掲載されるそうです。うん、子ども達にまずは見せられるからいいということにしよう!
 おまけに、同紙の南風禄というコラムで、私やホライゾンが取り上げられ、これまた二重の喜び。鹿児島在住の知らない方からも、このホライゾンが見たいと電話をいただきました。
 今朝はいいことがいっぱい。奄美新聞には、この間のシンポの特集が一面を使って記事となっており、これで大きなメッセージにはなったと思います。昨日、息子が東京から帰って来て、すき焼きなんかしてたらふく食べてしまいましたし、デザートには、頂き物のケーキまで食べましたから、ちょっと樽のようになってきていますが、ま、シワ伸ばしと考えて我慢しましょう。
 しかし、うれしいことはまだ続きました。なんと、朝日新聞に出していた一首が、初めて掲載されました。信じられない。朝日は、南日歌壇より、ハードルが高いのではないかと思いますが、ああ、ハガキはちゃんと届いていて、それもちゃんと目をとおしてもらっていたんだなあと、当たり前のことに感激し、感謝申し上げます。ほとんど勉強らしきものもしておらず、恥ずかしい限りですが、続けていこうかなと淡い思いを抱いております。あまり、思いが強すぎると、感情過多となりますからね、自分を冷静にみながら、独自の世界を出せればいいなあと思っております。まだまだ、何がよくて何が駄目なのかが、実はよく解っていない私ではあります。
 南日新春短歌は、元旦に出ますから、その時に。以下、21日づけ朝日歌壇に出たものです。朝日歌壇は、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏、馬場あき子先生が選者。おそらく全国から、相当な応募があるはず。一回でも掲載されたということは、名誉ですけど、また不思議なウタが出来たら送ってみようと思います。南日には、郷土色あるものを、朝日には不思議なものをと色分けしようと思います。
 
 酔いしれて真夜の階段のぼるとき冥き底より綾蝶(はぶら)舞い来たり

(高野公彦選/第五首、酩酊感の象徴のような綾蝶)やはり、朝日でも高野先生が取ってくれました。なんか、感性が通じるのかも知れません。奄美で、綾蝶はあの世からの魂だともいわれています。実は、先日、「かずみ」で飲んだ帰り、一人で我が家の階段を昇っていたら、なんと、黄色い蝶が、舞い上がって来たのです。あれには、驚きました。ということで、この一首。
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by amami-horizon | 2009-12-26 12:35 | ひとりごと

ホライゾン創刊15周年記念シンポ報告⑦

さて、いよいよ弓削政己さんの登場です。弓削氏は、今年は薩摩侵攻400年イベントでとても多忙だったとのことで、「早くこの年が終わって、自分の研究がしたい」といっておられました。いろいろなシンポに参加してコメントするには、それだけの下準備が必要ですから、ご自身の時間がどんどん削られて行く事になるからでしょう。それでも、医療生協を定年退職されたばかりですから、よかったのかもしれません。
 奄美の郷土研究の特に近世近代において、弓削政己さんがいなくては、かなり違ったものとなっていたことでしょう。ホライゾンでインタビューでもお話いただきましたが、「いわゆるさとうきび地獄の時代、奄美は砂糖だけしか作っていないと思われてきたが、実際は米も作っていたことがだんだん解って来た」とのこと。またこの時期、人口は1.35倍増え、板付け舟も多く造られたとのこと。薩摩藩からの役人は50人ほどで、後は島役人が介在して統治していたなどが解って来たのです。「サトウキビ地獄といわれた過酷な時代でも、奄美の人々はエネルギッシュに生きていたというのが、見えて来た。この事実をもっと伝えたい」と、ホライゾンやシンポジウムに、御協力いただいただいたのでした。うれしい限りです。原稿はかなり難航しましたが、一字一句を細かく何度もチェックされ、それでも歴史研究はまだまだ途上ですから、いつなんどき、真実と思っていた事が間違いだということにもなりかねないのです。実際、その時代を見て来た訳ではないのですから。
 今回、前日にご自身がシンポで語った琉球史学会での報告もされました。それは、島津斉彬は、大島をオランダ交易の拠点にするという計画をたてていたというものでした。かなり計画は進んでいたようですが、斉彬の急逝で頓挫してしまったというのです。もし、斉彬が急逝していなかったら、大島は、かなりハイカラな島となっていたのではないでしょうか。これは初耳。すごい歴史が隠されていたのですねえ。
 こうして、歴史のベールは地道な研究者の努力で、少しずつ、見えてくるのですね。史料探しがまずは決めて。少ない史料からは、史実と違う推察がなりたちますが、とにかく事実を様々な史料と照らし合わせつつ、浮き上がらせて行くのですねえ。だから、一方的な見方ではなく、複眼的な立体的な研究が必要なのです。「今、奄美の歴史は再構築が必要」と弓削さんはおっしゃいます。
 ここで、以前からいわれていた黒砂糖を食べた事の刑罰について。よく、舐めても死罪とかいわれますが、これはどうも違うようです。子供がサトウキビを食べ散らかしたのを叱ったことはあるそうですが。泉和子さんの発表では、黒砂糖の菓子も作られていたわけです。弓削さんによれば税金を納めた以外は、人々の口に入る事ができたということです。潤沢にあったとまではいえないでしょうけど。過酷な時代でも、人々は人口を増やし、舟も造り、琉球や喜界島などとも交易をしていたのというのです。
 目からウロコというのは、こういうことをいうのでしょうか?被害者意識ばかりを焚き付けるのではなく、冷静に事実を確認していく作業のなかで、事実は見えてくるものと思います。
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by amami-horizon | 2009-12-24 01:16 | 島唄・文化コーナー

ホライゾン15周年記念シンポ⑥

ここで、今回出席いただけなかった小川学夫(ひさお)先生のメールでいただいた文章を御紹介したいと思います。小川先生は実は北海道のご出身ですが、学生時代から奄美の島唄や踊りに興味をもたれ、徳之島をかわきりに、各地を回り、研究されてきた島唄研究の第一人者です。作家の島尾敏雄が亡くなられた後に、島尾さんが担当されていた純心女子短期大学の教授となられ、昨年?に定年退職されました。この方のおかげで、島唄は学問的にかなり整理されてきたと思います。(実は、学夫はペンネームで、斈夫(ひさお)という文字が本名とのこと。昔、なかなか活字がなかったため、このように俗字を使われたという事でした。)
 そうした小川さんに、ホライゾン30号で、執筆をお願いしたところ、このメッセージに他の研究者の方々がいたく感動。弓削、中山さんは絶賛でしたね。そこで、ご出張と重なり出席ができない小川先生にメールで、レジュメを頂きましたので、全文を紹介させていただきたいと、存じます。会場では、私が朗読させていただきました。論文調でなく、会話調なのが、また、解りやすかったですね。

 シンポジュウムのご案内ありがとうございました。
ご趣旨を拝見し、正直、私も参加できたらよかったと思いました。残念ですが、仕方ありません。
 薩摩侵攻400年、本当に薩摩と奄美の過去、現在、未来のあり様、あり方を検証するには絶好のチャンスだと思います。ただ、どっちが加害者、どっちが被害者の感覚でやってしまっては、これまで通り不毛のままです。私は、文化人類学という学問にとても憧れた時期があるのですが、そのせいか、 文化や歴史の価値や正否の判断を、最初に進化論的な絶対的な基準を設けて、それで割り切ることがどうしても出来ません。
 研究者の仕事は、事実かどうかを探ることが一番の仕事で、それに出来るだけ基づいて解釈をするということです。(と、偉そうに書いたものの、きっと事実に基づかない解釈の 誤りはたくさんやってきただろうと反省しますが)
 そうしたことから、私の研究分野である、しまうたにつきましたは、薩摩の冷酷な奄美支配によって悲しいものになったという考え方には、はっきり反対してきましたし、それには今も、自信を持っています。 現に、解放された、心弾ませる歌が今も歌われています。
 例え、悲しい響きの歌が昔からあったとしても、こちらのほうもまたきちんと位置づけしなければなりません。 もし、薩摩から苦しい生活を強いられていたことが本当だとしたら、 それにもへこたれず、本来の快活な歌を歌ってきたことに私は、価値を見出します。
 次に私は、かねがね思ってきたことがあります。 薩摩の人の心性、奄美の人の心性を育んできた その根っこの部分を、いろいろな分野から研究してくれないか、ということです。ただ、これも、どちらが良い、悪いの価値判断は安易にやらないことです。どちらにも長所はあり、短所はありますから、そのどちらを競い合っても意味がないと思うからです。
 幸い、島尾敏雄が、いろいろなエッセイのなかで、南島の「やさしさ」「やわらかさ」、ヤマトの「いかつさ」「かたさ」というようなこと を言って います。(私はこれを、ユングなどのいう「母性原理」、「父性原理」に対応 するものだと、素人目ながら考えていますが・・・)
 これなどを手がかりすれば、今も、鹿児島の人と、奄美、沖縄の人とが心情的に反発しあう理由が、ある程度分かってくるように思えてなりません。
あれこれ、思いつくままを書いてしまいました。今度のシンポジュウムが実り多きものになりま すよう 心より祈念いたします。〈小川学夫>
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by amami-horizon | 2009-12-23 10:33 | 島唄・文化コーナー

ホライゾン創刊15周年記念シンポ報告⑤

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次は、泉和子さん。彼女は実は創刊号から、かなりの号でお世話になって来た方。私よりお年は上なのですけど、とても愛らしい方です。今の事務所に移る前、奄美サンプラザホテルの向かいにあったスタジオのすぐ近所でした。あるとき、ある雑誌に書かれていた文章がとても素敵だったので、ピンポーンと呼び鈴を押して、ホライゾンにも御協力をお願いしたのでした。そのときに呼んだ文章はたしか油そうめん。実家が浜やという宿をしていて、お母さんの手伝いで料理なども作っていらしたそうです。それで現在は、ホライゾンでの実績をも踏まえ、奄美新聞でも郷土料理の連載をされているのです。
 今回は、基調講話にもあった『南島雑話』に出て来た幕末のお菓子について。サトウキビ搾取が厳しかったといわれ、キビを舐めてもひどい刑罰が行われ、舐めても死罪などといわれてきたこの時代ですが、南島雑話のなかでは、黒砂糖を使ったお菓子やもっと上では白砂糖も料理に使われていた事が紹介されました。これは、驚き桃ノ木山椒の木!ではありませんか?
 会場では、黒砂糖を使ったツバ菓子が振る舞われました。サンプラザの料理長が忙しいなかで、作ってくれたのですが、ちょっと佃煮風になってしまったのが残念。実際は、かりんとう風だったようです。ツワブキのかりんとうなんて、とても時間がかかるお菓子ですね。今ではほとんど作られませんね、反対にその当時からあって、今でもあるのがはったい粉などの餅類や、ぜんざいなどの汁物。祝賀会では、蘇鉄カンという餅ようのものをつくってもらいました。意外とおいしいです。蘇鉄は澱粉がとれます。蘇鉄地獄とも呼ばれますが、何かの本で読みましたが、南にはこの蘇鉄があったから生き延びられたともいえるそうです。東北の「ほうでは、これがないために餓死者がかなり出たのだとか。ソテツの実も胴体部分も毒を持ちますが、これを十分さらさないと、これが死にいたることもあったので、「蘇鉄地獄」などともいうのかもしれませんが、蘇鉄は貧しさの象徴だったかもしれませんが、蘇鉄がないところでは、もっと悲惨だったわけで、蘇鉄は地獄ではなく、もしかしたら救世主にもなっていたのかもしれませんね。比較すると面白いかもしれません。
 なお、ここでホライゾン30号でP22の訂正とお詫びをさせていただきます。
ホライゾンvol30、p22「幕末にみる奄美の食」のなかで、著者の意向により、三段目14行目から20行目を削除し、以下のように追加訂正させていただきます。何卒よろしくお願い申し上げます。

に。稲作は秋の彼岸から50日位の吉日
を選んで種を蒔き、十月中は種下ろし
で、餅を搗いて隣近所で交換したそう
です。主要穀物であった蘇鉄の栽培や
食料にする方法、サツマイモの種類、
植え付けの仕方、椎の実の利用の仕方、
保存方法なども記されています。
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by amami-horizon | 2009-12-22 23:42 | 島唄・文化コーナー

ホライゾン創刊15周年記念シンポ報告④

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ではでは、次は瀬戸内町立図書館郷土館の町 健次郎さん。民俗学がご専門の方。略してマチケンという愛称でも呼ばれる方です。彼には、琉球大学の地学巡検で加藤祐三先生が来島されたとき以来、ホライゾンに寄稿していただいております。研究者らしからぬ頭の柔らかい方でして、いい意味での島らしさをとても愛されている方。マチケンと愛される所以でもあるのでしょう。一番最初にホライゾンで執筆頂いたのが、出身である与論島の行事、シニグ祭りのこと。幼い記憶のなかの島はとっても大きかったというのが印象的でした。
 さてさて、今回はご無理をお願いして、なんとか出席していただきました。まあ、皆さんそうなんですが、ご自分から、積極的に発言される方たちではないのですね。ずっと黙っていることもできてしまうスタンスをお持ちで。そこがまたいいところでもあるのですけど、そこをなんとかひっぱり出してくるのもまた、力量なわけでして(汗)。
 町さんの場合、ご専門は近代以降ですから、タイトルの薩摩侵攻以前と以後ということからももっと、近代より。でも、奄美には琉球的な夏正月と、大和(薩摩的?)な冬正月が混在しているという点は、まさに奄美を表現しているところであると思います。奄美のアイディンティティとは、なんだろうと思うとき、琉球的でもあり、薩摩的でもあり、その両方を混在させてアイディンティティとしてきたといってはおかしいでしょうか。彼の発表はとても説得力があり、今でも身近なので、非常に頷けることでした。人々はしなやかにしたたかに、文化をつくりあげてきたのではないかと思った次第です。
 
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by amami-horizon | 2009-12-22 23:14 | 島唄・文化コーナー

閑話休題

またまた、パソコンに戻って来ました。今夜はゆっくりです。
 さて、本題に入る前に、ちょっと一言。奄美の人達があまり発言したがらないことについて。そんなブログをかいま見ました。まあ、関心無い方もおられるでしょうが、過激なものからは身を遠ざけたいということではないかと思います。貝になってしまう訳ですね。発言するかたが、例えば暴力的な発言があった場合、それに対してものをいうことは、奄美ではあまりやられません。だから、ある方たちが横行してしまうことにもなるわけでして。私は、これはいいことだとは思っておりません。みんなが普通にものを言えるような島づくりが求められていると思います。
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by amami-horizon | 2009-12-22 22:56 | 島唄・文化コーナー

ホライゾン創刊15周年記念シンポ報告③

第一部が終り、第二部。ここからは、司会を中山清美さんにお渡しいたします。私には、研究者の先生方のお話を誘導することもできませんからね。中山さん自体、奄美の考古学の草分けですが、今は奄美博物館の館長ともなっていて、文化全般を把握することが仕事ですし、今回は若手の考古学研究者である新里亮人(しんざとあきと)さんを徳之島からお呼びしたので、考古学に関しては彼にまかせてコーディネーターになっていただきました。
 さて、このシンポは、ホライゾン30号で「奄美諸島歴史入門」を特集したのを受けて、開催しました。シンポでは、薩摩侵攻だけではなく、その以前の奄美も知り、どういう歴史的背景に薩摩は何の目的で奄美に来て、島はどのように変化してきたのか、あるいは変化しなかったのかをあぶり出したいと思いました。いろいろな側面から見てみたかったので、歴史研究だけでなく、民俗の方々にも参加していただいたという訳です。この人選にとまどう方もおられたようですが、事実は様々な側面を持っていますからね。結果的には、よかったと思っております。
 
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そこで、まず、新里さんに3万年前にも遡る奄美の歴史から、7世紀あたりからのヤコウガイ交易、11世紀あたりからの大ヒット商品であるカムィヤキなどを紹介してもらいました。南北1200キロの海を帆船をあやつって大営業集団がカムィヤキというそれまでの土器に比べ、とても固いという須恵器をもって物々交換をしていたようです。炊飯器の革命よりすごいというのですから、どれほどの驚きで、もう迎えられたことでしょう。ご飯や鍋ものに革命をもたらしたと思いますよ。
 そして、これは今の経済人にはとても刺激的なのではないでしょうか?今から1,000年も前の人々が、近代的な船ももたないのに、海を恐れるどころか、これに乗って大発明品をもって営業をしかけていたわけですから。カムィヤキは、青磁器が出てくるまで徳之島発信で、南西諸島に全般に売られた類須恵器とのことです。ただ、手本は朝鮮半島の陶器とよく似ていて、陶工集団が朝鮮からやってきて徳之島の人に教えたらしいのです。これ自体も驚きですけどね。国や人種問題は簡単に乗り越えていますし、言葉は通じたのでしょうかしら。この時代は今より壁がなかったのでしょうね。人間は時代を経るたびに、壁を作って来たのかもしれませんね。
 さて、徳之島でこうした窯業が始まるのと同じ頃、島に稲作がもたらされます。この稲作の始まりで、島々でも唄や伝統行事も作られて来たのでしょうね。奄美の島々でも稲作に関する伝統行事や唄がいっぱい残っていますね。(ということで、今日はここまで。なかなか薩摩侵攻まで辿り着けませんが、そのんとこ、今しばらくお待ちください。)ふう!
 
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by AMAMI-HORIZON | 2009-12-22 19:26 | 島唄・文化コーナー

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